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「マリッシュコラム」
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氷上のプロポーズ


平昌オリンピックも終わり、日本のメダル数は・・・

金4個 銀5個 銅4個 合計13個

すっごい頑張りました!!

4位以下も合わせて入賞者数が98!!

日本は何気にスポーツ大国ですね。

そんなアスリートの婚活そのものは見えませんが、出会いは突然にやってきます。
※婚活している人もいるでしょうけど


プロのアスリートは別として体育会系の婚活パーティーも盛んですし、マリッシュもプロフィールに趣味項目がありますし、グループでは当然スポーツカテゴリがありますのでアスリート好き、もしくはアスリートとの出会いの可能性も広がります。

マリッシュのスポーツ関連グループ一覧
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マリッシュはオリンピック日本人アスリートを応援しつつ、婚活アスリートの男女も応援しております。

さて、そんなアスリート達の中にも競技終了時にサプライズプロポーズがあります。

皆さんのご記憶にもあるかもしれませんが、氷上のプロポーズとしてCMでも流れ、世界的に祝福されたフィギュアスケートの井上怜奈選手です!

井上 怜奈(いのうえ れな、英語: Rena Inoue, 1976年10月17日 – )は、兵庫県西宮市出身の元フィギュアスケート選手(女子シングル、ペアスケーティング)。

夫はパートナーでもあるジョン・ボルドウィン。アルベールビルオリンピックペア日本代表14位(ペア種目で冬季オリンピック史上日本代表では最高成績)、リレハンメルオリンピック女子シングル日本代表18位、トリノオリンピックペアアメリカ代表で7位入賞を果たした。早稲田大学卒業。

2006年四大陸フィギュアスケート選手権優勝、2004年、2006年全米フィギュアスケート選手権優勝。

1990年、1991年全日本フィギュアスケート選手権1位。

ペア競技出場時のパートナーは小山朋昭(日本代表時)、ジョン・ボルドウィン(アメリカ代表時)。2009-2010シーズンアメリカナショナルチームBメンバー。

〜中略〜

井上は2005年9月28日にアメリカ合衆国の市民権を獲得し、日本国籍を離脱してアメリカ国籍となった。

井上はこのとき、「できれば日本国籍でトリノオリンピックに参加したかったんですが、日本はペアのレベルが低く、選手層が薄いため、オリンピック出場の夢を叶えるためにアメリカ人になる決心をしました。オリンピックのアメリカ代表になれたらとても誇らしいです。ペアは申雪と趙宏博の中国ペアが強いですけど、アメリカ代表としてトリノに行きたいと思っています。」とコメントしている。

2005-2006シーズン、井上は現地にてボルドウィンと恋人同士となるが、そのペアで、全米選手権、2006年四大陸選手権で優勝を果たし、トリノオリンピックへはアメリカ代表として選出され自身3回目のオリンピック出場となった。

トリノオリンピック本番のショートプログラムでは、ペア競技でオリンピック史上初となるスロートリプルアクセルの着氷を成功させ、6位スタートとなる。メダルへの期待がかかったフリースケーティングでは、スロートリプルアクセルに再挑戦するも着氷失敗が響いて、総合で7位入賞に留まった。

だが、メダリストや上位選手が出場するエキシビションには3回転半ジャンプを成功させたことと上位入賞者が次々出場辞退したことも有り、7位ながらも特別参加となった。

トリノオリンピックから1か月後の2006年世界選手権では4位に入賞している。同10月GPシリーズスケートアメリカで優勝を果たした。

2007年世界選手権で一旦アマチュア引退を発表したが、その後引退を撤回し現役続行を宣言する。

2008年全米選手権で復帰を果たし2位となった。このときフリースケーティングの演技終了後には氷上でパートナーのボルドウィンからプロポーズを受け、「氷上のプロポーズ」として大きな話題となった。なお、井上の返事は(Yes)であった。

2009-2010シーズン、バンクーバーオリンピックでの引退を表明し先シーズンは回避することが多かったスロートリプルアクセルとトリプルツイストを全試合で飛んだ。

バンクーバーオリンピック代表入りをかけた2010年全米選手権では、スロートリプルアクセルの失敗等がひびき、ショートプログラム4位と出遅れた。

フリースケーティングではスロートリプルアクセルを見事に成功させフリー2位となるも総合点でわずか0.60点2位に及ばず3位となり、バンクーバーオリンピックの代表を逃したことから競技での引退を表明した。

井上は大会終了後、「自分が望んでいた通りの演技ができました。最高でした。これ以上、望むことはないです。こういうかたちで終わることができて、自分は幸せ者です。小さい子供にスケートを教えるのが夢でした。しばらくゆっくりして次のスタートを切りたいと思います。」とコメントした。

2011年10月31日、女児を出産した。2015年8月現在、第2子となる女児を妊娠中である。

Wikipediaより引用〜

このCMを覚えている人もたくさんいるのではないでしょうか。

実際のプロポーズした2007年世界選手権の時は、まだわたしも小さかったのですが、母親がフィギアスケートが好きだった為に何となく母がキャーキャー言っていたのを覚えています。

その後、2008年にアフラックがCMで起用する訳ですが、なんでガン保険に彼女が?と思われる方もいると思います。

実は彼女は壮絶な苦労人で、お父様をガンで亡くされたのですが彼女自身もガンで闘病を続けました。
競技人生も過酷だったのです。。。

井上は長野オリンピックのシーズン始めごろ、当時40歳代半ばの父を肺癌により失い、日本代表選考争いにも敗れ一時はスケートを辞めていた時期もあった。

スケートを再開し、ペアを求めて渡米した後も苦難は続き、レッスン代と生活費捻出の為、土産品店でアルバイトをしていた。

充分な衣装代も無く、自身の裁縫による衣装で出場した大会もある。渡米後、肺がんに罹患するが、幸いにも抗がん剤治療をもって完治する。

この治療も入院することなく通院で済ませ、抗がん剤の副作用に耐えながらアルバイトとレッスンを続けた。

井上はこの通院治療中のレッスン中に、誤って落下してしまい頭蓋骨を骨折している。

一時は意識不明、前歯をほとんどなくすという大ケガをし、後遺症で心的外傷後ストレス(PTSD)に悩まされ、更には卵巣を片方破裂させて卵巣摘出する事態となり、辛い闘病生活を送っている。

しかし井上は終始一貫病気などを一切言い訳にせず、練習・競技に打ち込んだ。

そんな井上を理解し共に競技生活を歩んできたのが、現夫のボルドウィンであった。二人の生きる姿と人間性は、スケート競技の力量以上の感動的なストーリーとして多くのメディアが取り上げた。

Wikipediaより引用〜

なんて強い人なんでしょう。

子供を生むために必要な器官も摘出し、PTSDに悩まされながらも氷の上に帰ってきたんです!!そして幸せの先にお子さんも!!

それをずっとずっと支えてきたのが旦那様なのですが、こんなに素敵なお二人は永遠に幸せなんでしょうね!

これも彼女の生き抜く強さと競技人生に掛ける強い想いが周りの協力を得られたのでしょうし、旦那様も支えていこうと誓われたのではないでしょうか。

わたし達はみんな弱いんです!

一人だけでは、今も昔も生きていくには厳しいんです。

そして、さらに一度は何かの間違いで失敗したパートナーとの生活、そこにお子さんがいれば想像を絶する苦労がある訳で、井上さんとは違う次元での苦労があります。

わたし達マリッシュは、そんなシングルマザー/シングルファーザーさんの新しい門出の一端を担いたいですし、井上さんのような素敵な出会いを仲介をさせてもらえればこれ以上の幸せはありません!